2019年10月23日

インゴ・マウラーさん 永眠


デザイナー仲間から昨夜連絡がありました。

ドイツの照明デザイナー、インゴ・マウラーさんが、2019年10月21日に永眠されたそうです。

ネットで調べたところ、ミュンヘンのご自宅で家族が見守る中、息を引き取られたそうです。
87歳。

仕事仲間からの情報だと、ふた月程前から体調を崩されていたそうです。
10月21日は、先に天国に行かれた奥さまのお誕生日だったそうです。

彼のデザインする照明器具は革新的でユニーク、新作を見るたびに「ハッ」とさせられました。
常に時代の先端を走っている方でした。
私のあこがれ、ずっと目標にしてきたデザイナーでした。

心からお悔やみ申し上げます。



代表作のBulb

Bulb_Igno Maurer.jpg



これも代表作、One From The Heart

One From The Heart_Ingo Maurer.jpg



羽と電球の作品は、インゴマウラーさんの象徴ですね。
Birdie

Birdie_Ingo Maurer.jpg


私が初めて彼のデザインに出会ったのは、今から28年くらい前のこと。
当時勤めていたヤマギワの会議室に、あの名作「YAYAHO・ヤーヤーホ」が天井にあったのです。
ローボルトのワイヤーシステム。
初めて見た時は、衝撃的でした。感動して小躍りしました。
「こんなことが、できるんだ」って。
以来、ずっと大ファンです。

それから25年経って、日本でインゴマウラー製品の輸入総代理店をされているスタジオノイさん(本社・南青山)からナミキデザインに取扱説明書製作のご依頼をいただく機会がありました。

それ以来、製作の継続をいただいておりまして、今も新作のサンプルが我事務所に来ています。
(勝手に)ご縁を感じながら、新作が届く度に楽しんでおりました。
そして、大いに勉強させていただきました。

彼が亡くなられてもドイツの製造会社は継続されるそうですが、彼の新作がもうウチに来ないと思うと、とても寂しいです。
しかし、新作はなくても、あの名作達は永遠に残るでしょう。
正に世界遺産。

今までありがとうございました。
posted by 代表 at 20:09| 照明器具

2019年09月09日

台風15号/2019.9.9


まさかの首都圏をピンポイントで狙ったような台風でした。
それも、ものすごい勢力。
こんなの今まで記憶がないかも。

夜中の3時ごろに窓に当たる雨風の音で起こされて、最も激しくなってきた3時半から4時ごろの間は、恐怖さえ感じました。
雨風が最も強い時は、玄関ドアの下の隙間から水があふれる様に入ってきちゃった。
ここ、マンションの5階なのに。
すぐに雑巾とバケツを持ってきて対応したけど、結構焦ったし、心配したよ。
中々寝付けなくて、外が白みがかってきた頃に、ようやく眠れることができた次第。



大記録です!(悪い記録と言ったほうがいいか)

[今回の台風15号の最大瞬間風速は、千葉市中央区で57.5メートルだったそうです]

強風が吹くと、仕事柄、ポール灯(街灯)のことが心配になってしまう。
今は、その心配も大分薄れてきたんだけど、照明の会社に在籍している時は、台風が近づくと「ポール灯が吹き飛ばされていないかどうか」それはもう、気が気でない。

今から約20年前、ルイスポールセン ジャパンに勤めていた時期があって、ポール灯の耐風速を40メートルから60メートルに標準化したんです。
その時は、「風速40メートルで自動車でも飛ばされるからね。そんなこと稀でしょ。」
「風速60メートルなんて滅多に無いんだから、標準化まではしなくてもいいじゃないの。」って思ってた。
でも、やっておいて良かった。ホント良かった。
今回の直撃の台風を体験して、よーく分かりましたわ。

その時のエピソードが、今も印象に残っている。
耐風速は、計算から割り出すことがほとんどなんだけど、ルイスポールセンのデンマーク本社に60メートル標準化の話しをしたら、何と現物を使った実験までしてくれて耐風速を証明しました。
船舶関係の実験施設に持ち込んでしたみたい。
その時は「流石、海洋国家デンマーク」と思いましたわ。

近年の異常気象は、台風も威力が増して、発生数も増えているような気がします(個人的な印象)
今後、更にポール灯の耐風速基準を上げないといけなくなるのかもしれないな。


下のポール灯は、現物で耐風速試験をした『サテライト マキシ』
現在の名称は、『アルバスルン マキシ ポスト』
光源がLED化されて絶賛販売中です。
(ちなみに私が最も好きなポール灯です)

satellite maxi post.jpg

[1992年発刊・ルイスポールセンジャパンのカタログより]
posted by 代表 at 21:26| 照明器具

2019年09月06日

照明30周年/その3

【2019年9月3日のブログ、照明30周年の続き】
照明に長年携わることになった話しです。


[バブル崩壊とヤマギワ退職]

照明会社ヤマギワに勤務していたのは、ちょうどバブル真盛りの時でした。
会社は売り上げがぐんぐん伸びていて、決算ごとに最高売り上げを更新していました。
新しい店舗は続々と開店するし、照明の部門も大量に商品を開発するし、新製品発表会を新宿NSビルのイベントホールで大規模に行い、総合カタログは写真集みたいに贅沢な装丁でした。

そんな時代も終わりを告げます。バブルは弾けて、会社の業績は一気に下降します。ヤマギワにもリストラの嵐が吹き始め、デザイナーもその対象になりました。実績のある先輩達が、店舗や営業に転属されてしまいました。実績のない私ではありますが、何とか開発部には残ることはできました。(当時は若くて給料も安かったからでしょう)
しかし、新しい開発部は、ヨーロッパからの輸入品を日本で販売する為の仕様変更が主な仕事でした。
私は、オリジナルのデザイン開発の仕事がしたかったので、ここで会社を辞める決心をしたのです。



[照明のデザインの事務所へ転職]

退職して間も無く、会社の先輩が興したデザイン事務所のスタッフとして勤めることになりました。
そこは照明のデザイン事務所なんですが、照明器具のデザインはほとんどしないんです。何の仕事がメインかというと、マーチャンダイジング関連の業務でした。企業が商品開発をする際に役立つ情報を調査し、整理して提供するのが仕事です。
その業務の為に、何冊もの分厚いカタログからコピーを取り、大きな紙に切り張りして、アイテム数や機能等を調査しました。プレゼンでは数値を表にしたり、それに考察を加えたります。
新聞やビジネス書や専門書から得た情報を整理してトレンドを抽出したり、提言をまとめたり。。。
「ここ、デザイン事務所なの?」って感じでしょ。
照明には関連はしていたけど、器具意匠や配灯とかのデザイン事務所ではなかったのです。
調査の為にアメリカの西海岸とニューヨーク近郊のショッピングセンターも見にも行きました。レンタカーに乗って。

器具のデザインはしなかったんですが、この経験が今に役立っています。
それまで、商品の背景をあまり深く考えないでデザインをしてきたんだけど、ここで得た知識のおかげで、ただ「おしゃれ」や「カッコイイ」「美しい」だけを考えるデザイナーではなくなっていました。
このことも私が幸運だったひとつの経験です。
しかし、今思えば当時ワープロはあったけど、パソコンが無かったんですよ。 よくあんな面倒な手作業をしていたものです。


md_plan_1.jpg

md_plan_2.jpg


上記の資料は、当時のダウンライトを調査した時のものです。
数値を比べたり、競合品を並べると、いろいろ見えてくるんですよね。
posted by 代表 at 13:21| 照明器具