2019年09月09日

台風15号/2019.9.9


まさかの首都圏をピンポイントで狙ったような台風でした。
それも、ものすごい勢力。
こんなの今まで記憶がないかも。

夜中の3時ごろに窓に当たる雨風の音で起こされて、最も激しくなってきた3時半から4時ごろの間は、恐怖さえ感じました。
雨風が最も強い時は、玄関ドアの下の隙間から水があふれる様に入ってきちゃった。
ここ、マンションの5階なのに。
すぐに雑巾とバケツを持ってきて対応したけど、結構焦ったし、心配したよ。
中々寝付けなくて、外が白みがかってきた頃に、ようやく眠れることができた次第。



大記録です!(悪い記録と言ったほうがいいか)

[今回の台風15号の最大瞬間風速は、千葉市中央区で57.5メートルだったそうです]

強風が吹くと、仕事柄、ポール灯(街灯)のことが心配になってしまう。
今は、その心配も大分薄れてきたんだけど、照明の会社に在籍している時は、台風が近づくと「ポール灯が吹き飛ばされていないかどうか」それはもう、気が気でない。

今から約20年前、ルイスポールセン ジャパンに勤めていた時期があって、ポール灯の耐風速を40メートルから60メートルに標準化したんです。
その時は、「風速40メートルで自動車でも飛ばされるからね。そんなこと稀でしょ。」
「風速60メートルなんて滅多に無いんだから、標準化まではしなくてもいいじゃないの。」って思ってた。
でも、やっておいて良かった。ホント良かった。
今回の直撃の台風を体験して、よーく分かりましたわ。

その時のエピソードが、今も印象に残っている。
耐風速は、計算から割り出すことがほとんどなんだけど、ルイスポールセンのデンマーク本社に60メートル標準化の話しをしたら、何と現物を使った実験までしてくれて耐風速を証明しました。
船舶関係の実験施設に持ち込んでしたみたい。
その時は「流石、海洋国家デンマーク」と思いましたわ。

近年の異常気象は、台風も威力が増して、発生数も増えているような気がします(個人的な印象)
今後、更にポール灯の耐風速基準を上げないといけなくなるのかもしれないな。


下のポール灯は、現物で耐風速試験をした『サテライト マキシ』
現在の名称は、『アルバスルン マキシ ポスト』
光源がLED化されて絶賛販売中です。
(ちなみに私が最も好きなポール灯です)

satellite maxi post.jpg

[1992年発刊・ルイスポールセンジャパンのカタログより]
posted by 代表 at 21:26| 照明器具

2019年09月06日

照明30周年/その3

【2019年9月3日のブログ、照明30周年の続き】
照明に長年携わることになった話しです。


[バブル崩壊とヤマギワ退職]

照明会社ヤマギワに勤務していたのは、ちょうどバブル真盛りの時でした。
会社は売り上げがぐんぐん伸びていて、決算ごとに最高売り上げを更新していました。
新しい店舗は続々と開店するし、照明の部門も大量に商品を開発するし、新製品発表会を新宿NSビルのイベントホールで大規模に行い、総合カタログは写真集みたいに贅沢な装丁でした。

そんな時代も終わりを告げます。バブルは弾けて、会社の業績は一気に下降します。ヤマギワにもリストラの嵐が吹き始め、デザイナーもその対象になりました。実績のある先輩達が、店舗や営業に転属されてしまいました。実績のない私ではありますが、何とか開発部には残ることはできました。(当時は若くて給料も安かったからでしょう)
しかし、新しい開発部は、ヨーロッパからの輸入品を日本で販売する為の仕様変更が主な仕事でした。
私は、オリジナルのデザイン開発の仕事がしたかったので、ここで会社を辞める決心をしたのです。



[照明のデザインの事務所へ転職]

退職して間も無く、会社の先輩が興したデザイン事務所のスタッフとして勤めることになりました。
そこは照明のデザイン事務所なんですが、照明器具のデザインはほとんどしないんです。何の仕事がメインかというと、マーチャンダイジング関連の業務でした。企業が商品開発をする際に役立つ情報を調査し、整理して提供するのが仕事です。
その業務の為に、何冊もの分厚いカタログからコピーを取り、大きな紙に切り張りして、アイテム数や機能等を調査しました。プレゼンでは数値を表にしたり、それに考察を加えたります。
新聞やビジネス書や専門書から得た情報を整理してトレンドを抽出したり、提言をまとめたり。。。
「ここ、デザイン事務所なの?」って感じでしょ。
照明には関連はしていたけど、器具意匠や配灯とかのデザイン事務所ではなかったのです。
調査の為にアメリカの西海岸とニューヨーク近郊のショッピングセンターも見にも行きました。レンタカーに乗って。

器具のデザインはしなかったんですが、この経験が今に役立っています。
それまで、商品の背景をあまり深く考えないでデザインをしてきたんだけど、ここで得た知識のおかげで、ただ「おしゃれ」や「カッコイイ」「美しい」だけを考えるデザイナーではなくなっていました。
このことも私が幸運だったひとつの経験です。
しかし、今思えば当時ワープロはあったけど、パソコンが無かったんですよ。 よくあんな面倒な手作業をしていたものです。


md_plan_1.jpg

md_plan_2.jpg


上記の資料は、当時のダウンライトを調査した時のものです。
数値を比べたり、競合品を並べると、いろいろ見えてくるんですよね。
posted by 代表 at 13:21| 照明器具

2019年09月03日

照明30周年/その2

【2019年08月28日のブログ、照明30周年の続き】

照明に長年携わることになった話しです。

きっかけは、デザイン事務所から照明の会社・ヤマギワ(株)への転職ですが、入社当初は全く使い物にならない、ただ会社に来てるだけの社員でした。
中途採用だったので、他の新入社員のような新人教育は受けなかったし、そもそも照明器具に興味が持てなかったし。
最初の数週間はプロジェクトが本格的にスタートしていなかったのもあって、仕事が少なく、残業も無い。 
なので、秋葉原の電気街を見ては楽しんでました。
特にリビナ本館には、素晴らしいデザインアイテムが並んでいました。
ここは、学生時代から機会があれば見に来ていた店なのです。
そんなことをしているうちに、ようやく商品の開発が始まり、私も自分の仕事を持つようになりました。


[台湾の工場へ]
私が最初に配属されたのが、台湾をはじめとする東南アジアの工場で生産をするという新規の事業部。
価格を低めに設定した新ブランドを立ち上げて、その製品は主に海外で生産をするというもの。
私の担当は照明器具の生産管理。 製造を委託する台湾の工場へは何度も行って、何日も滞在してきました。
照明のことも、その技術的なこともほとんど知らない状態で最初は戸惑いましたが、それでも日本と台湾を行き来する間に徐々に慣れてきて、翌年にはデザインから設計までできるようになりました。これも工場にずっと張り付いて勉強したことと、ヤマギワの品質管理部や研究所の先輩達にご教授いただけたことのおかげです。 


[新ブランド y3・ワイスリー]
店舗用の照明器具のブランド。
ブランドの意味は、本来のヤマギワオリジナルの商品が最上級の「五つ星」と設定し、それよりは下の「三ツ星」ということだったような。。。
今思えば、三つ星だって大変なことだ。
でも、このy3ブランド、3年くらいで消滅しました。
安易に寄せ集めた品揃えが失敗の主な原因だと私は思っています。それと社内の理解不足も。
今では一般的なアジアでの生産を継続できなかったことは、大変残念なことです。


y3_1.jpg

(ワイスリーのロゴマーク/ブラックバージョン)


y3_2.jpg

[ヤマギワ、ワイスリーカタログ・インテリアライティング編/平成元年8月1日 発行]


y3_3.jpg

[ヤマギワ、ワイスリーカタログ・テクニカルライティング編/平成元年8月1日 発行]


短期間で終わってしまったプロジェクトでした。
それでも私は、ブランド名やロゴマークの製作から、商品化、カタログ作り、クレーム対応まで、ひと通りに携ることが出来て、短期間にとても多くの勉強をさせてもらいました。
デザインワークからでなく、技術的なことから始められたのも幸運でした。
これも会社の本体から独立した新規事業部に配属させていただいたおかげです。
この時の経験が現在のデザインの仕事に大いに役立っているのです。

しかし、この時点では、まだ照明をそんなに好きではありません。
このプロジェクトが終了してからヤマギワ本体の開発部に配属されてから徐々に変っていくのです。
posted by 代表 at 21:23| 照明器具